サラリーマンの株と息子ちゃん日記
 
離婚
2008-10-08 Wed 23:48
いや、私じゃなくて

友達が離婚した。

この夫婦は弟家族や私の家族と、ともても仲がいいので、とても驚いている。
特に弟家族とは仲がよく、あちらの小学生の娘が泊りがけで遊びにくるほどだ。

旦那のほうは働き者で、とても思いやりのある好青年だ。
嫁さんは明るく元気で快活で、とても可愛らしく人懐っこい人物だ。
どこに行くのも家族一緒でとても仲がよく見えたので、大変ショックを受けている。

この離婚の話を聞いたのが、先週の土曜日。弟から聞いた。
離婚の原因といえば、話を聞いたが未だによくわからない。
しかしはっきりしているのが、嫁さんの方が離婚をしたくてしょうがなかったらしい。
あの好青年に何の落ち度があったのかしらないが、娘も2人いるのによくぞこんな決断をできたものだと思う。
これが旦那がろくでなしで、仕事もせず、暴力を振るうというのであれば仕方ない気もするが、まったくそうでないのでわけが分からない。

結局のところ嫁さんの覚悟が足りなかったということだろう。
夫婦間のことだから私の分からないことが色々あったのだろうが、それでもそれは世の中に履いて捨てるほどある程度のものであり、特に離婚の原因に直結するとも思えない。
要はこらえ性がない、ということだろう。
子供が生まれる前であればそれもよいだろうが、子供がいるのであれば、それは全く次元の違う話だ。
子供が生まれたあとは、そこの子がひとり立ちできるまで責任を持つのが親の最低限の務めである。これが最低の義務だ。
しかしそれだけでは子供は寂しい子供時代を過ごすことになるので、それに加えて幸せという付加価値を子供に与えてあげる、それが普通の親の務めなのだ。
その二つを親が子供に用意できるのであれば離婚もあるかもしれないが、片親になったという時点で後者の条件を子供に与えるのはすでに難しいと言える。

その嫁さんは同じ区内だが実家に引っ込んだらしい。
しかし娘を転校させ、あんなに可愛がっていた父親から引き離すことが、親のすることか疑ってしまう。
実家に住んでいるので、とりあえず住むところは確保できている。
経済的援助も当然親から得られるだろう。
しかし親は何時までもいるわけではない。
親のサポートが得られなくなった後、その後の娘達の人生を保障できるのか?
それが無理とは言わないが、その覚悟がなければ離婚などするべきではない。
それが人の親というものだ。

親とは子供が生まれた時点で、自分の人生を捨てる覚悟がなければならない。
それが出来ないのなら結婚、もしくわ子供など作らぬことだ。

しかしあっさり離婚できるものなのかね。
度胸があるのか何も考えていないのか、それともこらえ性がないのかよくわからない。




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小児科医
2008-10-07 Tue 23:31
今日家に帰ると

息子ちゃんがお腹を痛がっていた。
私は8時過ぎに家に帰ったが、どうも6時半頃からお腹を痛がっていたらしい。

どうもすごく痛いらしい。

嫁が病院に連れて行こうと何度も息子に問いただしたが、息子ちゃんはなんだかんだと理由をつけて行こうとしない。
しかしそんな押し問答をしているうちに、どうも本当に我慢が出来なくなったのか、自ら進んで病院に行きたいと言い出した。
私は嫁に言った。「こんな時に子供の意見を尊重するんじゃなくて、有無を言わさず連れて行かないでどうするんだ」と。
雨も降り出してきたし、本当に自転車で連れて行けなくなったところに、私が帰ってきたということだ。

それで有無を言わさず大きな救急病院に連れて行った。

ここは以前から夜熱を出したりしたときにちょくちょく訪れていた病院だ。
数少ない小児科の夜間外来があり、大変助かっている。
依然お腹を痛がっている息子ちゃんを伴い待合室に入ると、順番待ちもおらずすぐに診察してくれることになった。
中に入ると、そこには若い女医先生がいた。
本当に若い。その先生は立ち上がり「小児科の○○と申します」と今まで見たこともなかった挨拶を受けたので、驚いてしまった。
しかし私は内心「こんな若い先生で大丈夫なのだろうか・・」といぶかしんだ。
基本的に医者と看護婦では仕事着が違うので、だれが医者なのか分かりやすい。この病院の場合医者は白衣で看護婦はピンクらしい。
ところが診察室にもう一人白衣を着た女性が居るのが気になった。
院内は色々な職種の人がいるので、そのいずれかの人だろうか?

私はこの若い女医先生の診察を興味深く観察していた。
それを見る限りでは、当然だろうが長年蓄積された経験であるとか、手馴れた雰囲気は確かに感じ取ることは出来なかったが、とても丁寧さは感じられた。
何か診察に詰まるような雰囲気が感じられたときには、もう一人いる白衣の女性に何か目配せのようなものをしている。いったいこの人は誰だろう。
触診をするのに息子は診察台に寝かせられた。
一生懸命触診しているが、明らかに結論にたどり着けない雰囲気が漂っている。
そんな折、後にいた白衣の女性の手がぬっと息子ちゃんのお腹に伸びてきて、「う〜ん、ここに少しうんちが残っているね、これでお腹がいたくなったのかな?」ときた。
それを見て、「ああ、この人は医者か」と初めてその正体がわかった。

そりゃそうだ、言っちゃ悪いが、小娘が少し歳を取ったかにしか見えない女医さんが、小児科の救急外来に一人でいること自体が異常事態なのだ。
要するにこの白衣の女性は、この若い先生の指導員のような存在なのだろう。
しかしこうして若い医者も少しずつプロフェッショナルになっていくんだな。
しかしきょうび探しても見つからない小児科の救急外来に、贅沢にも女医先生が二人もいるなんて、なんてことだろう。

息子ちゃんといえば、浣腸をしてもらいけろっと治ってしまった。
「浣腸ってすごいねえ」と感心しきりなのがおかしかった。




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今の心境
2008-10-07 Tue 00:25
つらいねえ、

どうしてこう何もかもがうまく行かず、理不尽な目にあうのか悲しくなってくる。
あまり多くを語るとどんなワード検索で引っかかるか知れたものではないので、具体的には一切伏せるが、本当は何もかもぶちまけて世間に公表してやりたいくらいだ。

それでも人は頑張って生きていかねばならい。
しかしその先にいったい何があるのか。
単に自分が少しでも豊かな生活を送るために働いているとしか実感が無い。
もちろん仕事で一番大切なものは価値観ややりがいや、意地や誇りといったものだろうが、今やそれすら見失いつつある。
しかしそれこそが一番の問題であり、ただの管理人と化してしまったのでは、仕事に対して何の価値観も見出せない。
しかしそれが会社が生き残るための唯一の方法なのだと。
それを私は完全に否定するものではないが、私の価値観に全く合致しないのは確かだ。

目の色変えてひたすら利益を追求するのも企業のありかただが、会社の生命線である商品に的外れなことをさせるのは明らかに間違ったことだ。
だったらその商品を陳列棚から外せばいい。どういうことになるか。

必死になって稼いで経済的に豊かな生活を送れたとしても、心が豊かでなくては恐らく幸せな人生と呼べないだろう。
そもそも経済発展は環境破壊を伴うもの。
その結果地球がなくなってしまっては、経済的に豊かな生活など何の意味もなさない。

逃げるつもりはないが、私の価値観に沿わないのはそう長くは続けられないだろうな。
今は黙って力を蓄えるため、それでも必死で仕事をするしかないだろう。

ビル・ゲイツは幸せなのかねえ・・
機会があれば聞いてみたいものだ。
まあ、あの辺の人たちは別の価値観をすでに持っているだろうから、同じ次元で話が出来るとも思えないけどね。

愚痴でした。



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お好み焼きともんじゃ焼き
2008-10-02 Thu 23:14
今日何年かぶりに

お好み焼きともんじゃ焼きを食べに行ってきた。

これは私が個人的に進んで食べに行くことはまったくない。
はっきり言ってこの前お好み焼きを食べたのはいつだか分からないくらい前のことだ。

それでも何故食べに行ったかと言うと、嫁のお姉ちゃんが大好きなのだ。
いや、お姉ちゃんに限らず、嫁も、嫁のお母さんも大好きだ。
まあ、だからと言って量を食べるというわけでもないが。

私は現在幸運なことに、自転車で15分の現場に通っているため、会社に行っていない。
なもので最近は帰りがめっぽう早い。
だから6時半という待ち合わせの時間に行くことが出来た。
それでも5時半まで現場で仕事をしていたが、もう真っ暗で何も見えなくなってしまうほど日の入りが早くなっている。

嫁とお姉ちゃんとその母は、毎度決まって亀有のお好み焼き屋に行く。
私はおそらく10年ぶりくらいにそのお好み焼きツアーに便乗したわけだ。
今日私は朝から飲まず食わずで一日中働いていたので、食べるというより飲みたかった。
食べるのはほんの少しでよく、とにかく飲めさえすればそれだけで満足なのだ。
そもそも食べる対象がお好み焼きなので、つまみ程度に食べられればいい、そんな程度だ。

しかし嫁のお姉ちゃんがそれを許さなかった。

この親子はお好み焼きともんじゃ焼きが大好きなので、当然私と息子ちゃんも大好きと思い込んでいる。
まあ明確に嫌いかというとそういうわけでもないが、はっきり言って好きでもない。
しかしお姉ちゃんは当然私も息子ちゃんも大好きだと思い込んでおり、がんがん注文をしている。
私と息子ちゃんはだましだまし食べていた。
そもそも小麦粉を水で溶いて、少々ねたを乗せ、客に自ら焼かせるという横柄な食べ物が美味いわけがない。
もんじゃなどもってのほかで、お好み焼きを更に薄く水で溶いた貧しい食材に他ならない。
そんな貧しい食材をありがたがって一杯、「はい800円です」など我慢がならない。
よいか、きょうび800円も出せばどれほど美味しいものを食べ、満足がいくものを食べることが出来るか考えてもみてもらいたい。
それが800円にとどまらず、値段のわりには全く腹にたまらず、満足度が低いのがもんじゃ、お好み焼きなので、次々と注文する。

相変わらずこの親子は美味しそうに食べ続けている。
さすが南千住で生まれ育った一団だ。
この本来駄菓子屋で50円で食べられていた貧しい水溶き食材を、上手に利用し、波に乗せた一団がおり、それ故日の目を見ただけだ。
これは本来焼肉と同じで料理とはいえない。

よいか、このお好み焼きももんじゃ焼きも店を出すことは結構なことだが、恐ろしく高い、高すぎる。
それでも流行るといことは、客が入るということだ。
いい加減に目を覚ませ、これのどこが美味しいんだ?
松屋など今牛丼一杯300円だ、三食食べてもこの水溶き小麦一食分にしか匹敵しない。

これは一時のブームであって、日本人の正しい味覚や価値観を信じざるを得ない。
しかしお姉ちゃんが美味しい美味しいと言って食べている姿を見ると、その思いも多少むなしくなってくる。





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やぶ医者
2008-10-02 Thu 00:30
先日熱を出した息子ちゃんは

発熱した翌日に嫁が病院に連れて行った。

出た薬は解熱剤と胃腸薬だけ。
これで本当に大丈夫なのかいな、ちゃんと診察したのかいなと多少いぶかしんだが、一応正当な手続きをふんで看板を出している医者なので、これは信用するしかない。
ところが熱はだらだらと続き、朝下がってすぐにまた高くなるという日々が続いた。
そのうち嫌な咳をするようになったため、今日嫁が又別の病院に連れて行ったところ、なんと肺炎だった。
かわいそうに熱のピークを解熱剤だけで乗り切ってしまったのだ。

これは急変しなかったからいいようなものの、もしうちの息子ちゃんに何かあったなら、やぶ医者の所に乗り込んで暴れてやったところだ。

医者とはその能力もさることながら、最も大切なのはいかに患者の側にたって親身に診察できるかで評価が決まる。
何も難病を治せといっているのではなく、街場の医者が診れる領域の疾患を対象としているのだから、医者の中ではすでに診察のしかたとか治療の方法などマニュアル化され定着しているだろう。
その分かりきった診察や治療すらできない医者は、看板を下ろした方がいい。犠牲者が出ない前に。

今は肺炎に利く特効薬を処方してもらい、やっと落ち着いた心持だ。

やぶ医者よ、うちの息子ちゃんの健康さと頑丈さに感謝することだ。





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